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名古屋地方裁判所 昭和56年(レ)7号 判決

控訴人

村瀬志づ

右訴訟代理人

福永滋

高橋美博

被控訴人

国際電信電話話株式会社

右代表者

児島光雄

右訴訟代理人

芦苅伸幸

星川勇二

山本洋一郎

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一(当事者の求めた裁判)

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二(当事者の主張)

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、公衆電気通信法、国際通話サービス営業規約、国際加入電信サービス営業規約等に則り、国際間の電信電話事業を営む株式会社である。

2  控訴人は〇五二―九七一局〇〇七六番の加入電話(以下、本件加入電話という。)の加入者である。

3  右加入電話により別紙通話明細表のとおり国際通話(以下、本件通話という。)が行われたが、その料金の合計額は金二六万六、〇一〇円であり、その請求年月日および支払期日は右明細表記載のとおりである。

4  よつて被控訴人は、控訴人に対し、加入電話加入契約に基づき、右国際通話料金二六万六、〇一〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和五四年一一月一八日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因12の各事実は当事者間に争いがない。

二請求原因3の事実及び本件通話が控訴人に無断で、しかも、通話料を支払わずになされたものであることは、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

三控訴人は、別紙通話明細表の通話料金の支払義務を争うのであるが、まず、加入電話加入者が通話料金の支払義務を負うものであることは公衆電気通信法四一条一項、四三条の規定により明らかであるというべきである。そして、右の支払義務は、他人が加入電話加入者の電話から無断で通話したか否かを問わないと解するのが相当である。

従つて、国際通話におけるステーションコールの通話料についてその支払義務者が右加入者であることは当然であり、またコレクトコールの通話料金についても、その支払義務者が着信側加入電話加入者であることは公衆電気通信法一一条、国際電気条約(現行一九七五年マラガ・トレモリノス昭和五〇年条約第一一号)附属電話規則(現行一九七三年ジュネーブ改正一条一項1〈証拠略〉)に基づき国際電信電話諮問委員会の定めた指示書八九条二項C(現行一九七二年ジュネーブ第五回総会承認1〈証拠略〉)及び公衆電気通信法一〇八条の二、国際通話サービス営業規約三〇条二、三項(〈証拠略〉)の各定めと公衆電気通信法四一条一項、四三条の規定からこれを肯定することができる。

右のとおり、国際通話によるコレクトコールの通話料支払義務者が加入電話加入者であることは右公衆電気通信法の規定、前記指示書、営業規約の各定めにより明らかである。そして、いわゆるピンク電話も加入電話である以上、その通話料の支払は、加入者がそれをなす義務を負つているものといわなければならない。

四次に、通話料の支払義務者が加入電話加入者である控訴人であるとしても、本訴通話料の請求は権利濫用であるとの主張について検討する。

1  ピンク電話は、訴外日本電信電話公社(以下、単に公社という。)が加入電話機に一〇円硬貨を投入することにより通話することができる装置を取り付けて「ただがけ」を防止し、加入者がその家族以外の者にも気軽に加入電話を利用させることができるとのキャッチフレーズの下に売り出した商品であつて、ピンク電話の設置申込者が自己及びその家族がその電話を利用するというよりは、むしろ他人にそれを利用させることを主たる目的としている。従つて、その設置場所は、公衆電話とは異なり、加入者の管理下にある施設等の中にあり、加入者である右施設等の管理者は、比較的人の出入りが多い店舗や喫茶店、アパート等において「ただがけ」を常時監視しうる態勢にないため、公社に対し、月々基本料と通話料のほかに、ピンク電話の使用料(一〇円硬貨の投入により通話できる装置の使用料)を支払つてピンク電話を設置しているものと認められ、以上のことは公知の事実である。それゆえ、加入者においては、ピンク電話であれば、これを他人が使用しても「ただがけ」がされることはないとの信頼と期待を有しているものということができる。

2  しかるに、本件弁論の全趣旨によれば、ピンク電話であつても「ただがけ」の防止ができるのはダイヤル通話によるものであつて、申込みによる通話(着信者払及び国際通話等)の場合には「ただがけ」を防止することができないこと、そして、ピンク電話によつても「ただがけ」が可能であることは未だ一般には理解されていないものと認められる。

そうとすれば、「ただがけ」を防止しうるとのキャッチフレーズの下にピンク電話を設置させた公社においては、右のように「ただがけ」を防止しえない場合があることをピンク電話設置の申込者に対し説明して、該申込者に誤解がないようにすべき義務があると解するのが信義則上相当であり、かつまた、右の説明をするまでもなく、ピンク電話加入申込者が当然にそれを知るべきだとする合理的な根拠も見い出せない。

3  ところで、原審証人西山昭一の証言によれば、ピンク電話は公社が開発した国内通話における電話機の種別であると認められる。そして、右ピンク電話の加入契約の当事者も公社と加入者であつて、被控訴人(国際電信電話株式会社)は右契約の締結に関与していないが、国際通話も右加入契約を締結しなければ利用できないものであり、その通話料は当然被控訴人から加入者に支払の請求ができる仕組みになつていることが前示公衆電気通信法等の諸規定に照らして明らかである。そうとすれば、公社が前記説明義務を尽していない以上、「ただがけ」される国際電話の通話料については、公社と被控訴人との間で何らかの解決策を考えるべきであり、強いて言うならば、被控訴人において、公社に対し右説明義務を果すように求めるか、或いは、みずからそれを一般に周知させる方策を講ずるなどして加入者の通話料の支払拒絶を封ずる措置がとれないはずはないと考えられる。

4  そして、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人はこれまで、ピンク電話でも国際通話が可能であることを知らず、また、公社又は被控訴人からも、国際通話の場合に「ただがけ防止装置」が用をなさないものであることを知らされていなかつたことが認められる。

5  以上のような諸事情を総合勘案して考えると、本件通話料の請求は、別紙通話明細表のステーションコールにしても、コレクトコールにしても加入電話加入申込者である控訴人にとつて予期し得ない極めて酷な結果を強いるものというべく、権利の濫用として許されないものというべきである。〈以下、省略〉

(深田源次 原昌子 内田計一)

通話明細表

通話年月日

種別

通話対地

通話料金

請求年月日

支払期日

54.6.8

S

フィリピン

35,640円

54.7.10

54.7.25

〃6.10

12,960

2,430

〃6.12

韓国

5,940

フィリピン

5,670

〃6.17

2,430

〃6.18

2,430

4,860

8,910

2,430

〃6.20

11,340

〃6.24

28,350

〃6.8

C

10,530

54.8.10

54.8.25

15,390

〃6.10

12,150

〃6.12

6,480

韓国

9,240

〃6.14

14,520

〃6.15

フィリピン

15,390

〃6.17

20,250

〃6.19

韓国

15,180

〃6.23

フィリピン

5,670

〃6.24

17,820

合計

266,010

注 種別のSはステーションコール、Cはコレクトコールをさす。

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